What do you mean “What a Wonderful World”?
とても久しぶりの更新です。
心が動いたことがたくさんあったので、少しずつ記録しておこうと思う。
忘れないうちに。
長く文章を書いていないと、書き方を忘れてしまう。
それだけじゃなく、
心の深いところが動いた時はうまく言葉にできない。
言葉にすることで〈本当のこと〉がすり抜けていくようで怖くて。
でもできるだけ言葉にしていこう。
(…と決意表明してみる!)
まずは、
今月参加したスロウな本屋さんのフラワー読書会『10代のうちに考えておきたいジェンダーの話』(堀内かおる著、岩波書店)。
ファシリテーターは松川えりさん。
この本、10代のうちにぜひ読んでほしい。
(もちろん、どんな年代にも響く本です)
ジェンダーの入門書でもあり、現在進行形の様々な事象について述べられています。
「ジェンダーってなんだ?」という基本的な知識、〈性〉の多様性、ジェンダー規範、こども服や小物の色、おもちゃの種類、ジェンダーを映し出す物語や絵本、学校の中でジェンダー化が進められること(ランドセルの色、名簿、呼び方、教科を教える教員の性別、部活、マネージャー、校則、制服…)、大人になっていく過程で出会うジェンダー、ライフキャリア…。
この本を読むと人が社会的な存在であるということがよくわかる。
そして、ジェンダーを考えることは自分と向き合い、主体的な人生を歩む上で大切なことだとあらためて思う。
読書会はとても豊かな時間でした。
今まで生きてきて、〈自分が変容する時〉が何度かあったけれど、
この読書会で、参加された方の発言を聞きながら気づいたら涙が流れていてビックリした。
驚きと「あぁ、そういうことなんだ!」という発見。
〈無価値感〉の話の時。
「生きている人全てに価値がある、価値の上下はないと思っているのに、自分の中の〈無価値感〉がなくならない」
「目標を達成してもしなくても、その人の本質的な価値は変わらないと頭ではわかっているのに、自分自身については目標を達成できなければ価値がないと思っている」
「私はいつも自分の中の〈無価値感〉とたたかってきたように思う」
私は今抱えている率直な思いを話した。
この〈無価値感〉はどこから来るのだろう。生育環境の中でジェンダーを内面化してきたことも影響しているだろうし、受けてきた管理教育の影響もあるだろう。合理性や効率性を優先する社会の影響もあるかもしれない。
でも、影響を受けながらも、私は私自身で人生の岐路で道を選択してきた。そのことに誇りを持ってもよいはずだ。
でもこのなくならない〈無価値感〉はなんだろう。
〈無価値感〉の話の時、
一人の方が「私は自分に価値がないと思ったことはない」「自分には価値があると思っている」と発言されて、心の底から、驚いた。
どんな人も多かれ少なかれ〈無価値感〉とたたかったり、折り合いをつけていると思っていたから。
その方は、読書会のはじめに「自分は男の子が好むとされるおもちゃや戦隊ものが好きだったけれど、親から止められたことはない」と話されていて、「そ、そんな親御さんもいらっしゃるのか!」と心底驚いた。
その方のお母さまの言葉が忘れられない。
「自分がいなかったら世界なんてない」
“自分なんかいなくなっても世界は続いていく”“自分がいなくなっても世界は変わらない”のではなくて、
「自分がいなかったら世界なんてない」って、なんて力強い言葉だろう。
「あなたがいるから世界がある」って、なんて力強いメッセージだろう。
お母さまからの素晴らしいギフトをもらっていらっしゃるなぁ。
そんなメッセージとともに育まれるってとても幸せなことだ。
(こうして振り返って書きながら、サルトルの『実存主義はヒューマニズムである』を読んだ後に受けたメッセージ“人間はみずからの価値を自分で決めていくことができる”がリンクした。
エレカシの〈回ってる世界の今はここが真ん中だぜ!〉も。)
私は弱い。
だけれども、息子にそんな言葉を贈りたいよ。
そして、息子にいつも自分には価値があるって思ってほしい。
挑戦して失敗もするだろう、挫折だってするだろう。
どんな時も自分には「価値がある」って思ってほしい。
私は、私が抱える〈無価値感〉とのたたかいの日々を無意味だとか無駄だとか言いたくはないけれど、
冷静に考えて、
〈無価値感〉に苦しんだり、たたかったりする時間とエネルギーをもっと他のことに使えたら良かったと正直思うし、
これからそうしていきたいと思う。
誰かと比較して自分を保つのではなく、自分は価値があると思って、自分の好きなことにエネルギーを向けられたら、しあわせだと思うから。
読書会では皆さんとの対話や本の内容の再発見を通して心に残った言葉や問いがたくさんあった。
・何かを手放すから何かが入ってくる
・“わからない”という前提に立って聴く
・理解はできないけれど尊重する
・わたしたちが、そうじゃないところにいる人(当たり前とされるところにいない人)に根拠を求めるのはなぜ?
・社会のジェンダー秩序に沿った生き方をする方が葛藤がなくて幸せだ、との思い込み→自分を偽ることは自分をジワジワと苦しめる
・必要か不要かを判断するのは誰か?
この読書会で出会えた言葉、そして問いを、大切にしよう。
読書会直後どうしても読みたくなって、大島弓子さんの『バナナブレッドのプディング』を本棚から引っ張り出した。
そして、ルイ・アームストロングの「What a Wonderful World」を聴いた。
“おかあさん
ゆうべ
夢を見ました
まだ生まれてもいない
赤ちゃんが
わたしにいうのです
男に生まれたほうが
生きやすいか
女に生まれたほうが
生きやすいかと
わたしはどっちも同じように
生きやすいということはないと
答えると
おなかにいるだけでも
こんなに孤独なのに
生まれてからは
どうなるんでしょう
生まれるのがこわい
これ以上
ひとりぼっちはいやだ
というのです
わたしはいいました
「まあ生まれてきてごらんなさい」と
「最高に素晴らしいことが待ってるから」と
朝おきて
考えてみました
いったい
わたしが答えた
「最高の素晴らしさ」って
なんなのだろう
わたし自身もまだ
お目にはかかっていないのに
ほんとうに
なんなのでしょう
わたしは
自信たっぷりに
子どもに答えて
いたんです”
What do you mean “What a Wonderful World”?